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海事Q&A 商法(運送・海商)改正要綱⑰ 旅客運送に関する総則は

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海事Q&A Q&A

海事に関するよくある質問

商法(運送・海商)改正要綱⑰ 旅客運送に関する総則は
  1.  総論

     旅客運送については、商法第二編第3節で陸上旅客運送、第三編第2節で海上旅客運送と、それぞれ別個に規定が設けられていますが、新たに航空運送の規定を設けるに当たり、物品運送と同様に、これら三者に共通する旅客運送の総則的規律を設けることとされました。
     要綱では、商法第二編第3節(旅客運送)の規律について、必要な見直しをした上で、これらを陸上運送、海上運送及び航空運送のいずれにも適用するものとされています。
     これに伴って、海上旅客運送の規定が後述5項のとおり削除される見込みです。

  2.  旅客運送契約

     現行商法では、旅客運送契約の意義、内容を示す規定がないため、物品運送契約と同様、以下の規定を設けることとされました。
     「旅客運送契約は、運送人が旅客を運送することを約し、相手方がその結果に対してその運送賃を支払うことを約することによって、その効力を生ずるものとする。」
     旅客運送契約は、対象が自然人ですが、請負契約であることは物品運送と同じです。

  3.  旅客に関する運送人の責任
    1.  商法590条1項について
      •  商法590条1項は、旅客の運送人は自己又はその使用人が運送に関し注意を怠らなかったことを証明しなければ、旅客が運送のために受けた損害を賠償する責任を免れない、としています(商法786条1項で海上運送にも準用、過失推定責任)。
         これは、債務不履行の一般原則どおりであり、旅客運送契約について再確認したものといえます。損害賠償の対象は、旅客の生命、身体の侵害及び延着です。
         この規定は維持される見込みです。
      •  現行商法では、陸上運送については、運送人の責任を片面的強行規定(運送人に有利な特約は無効)とする規定はありません。他方、海上運送については、物品、旅客共に、船舶所有者自身の過失、船員その他の使用人の悪意又は重過失によって生じた損害の賠償責任についての免責特約は無効としています(786条1項、739条)。
         それで、三種の運送形態の総則的規律として、旅客の人命尊重の見地から、旅客の生命又は身体の侵害についての運送人の責任に関し、同法590条1項の規定に反する特約を無効とするか否か(その片面的強行規定を設けるか)で、中間試案では議論が分かれました。
         甲案は、陸上運送、航空運送の現状を前提に、片面的強行規定は設けないとする案です。
         理由としては、旅客運送事業者は運送約款につき国土交通大臣に認可を受ける必要があるところ(道路運送法11条、海上運送法9条、航空法106条)、利用者の正当な利益が害されるおそれがないことが認可の要件になっており、一定の行政的監督にも服すること、また、旅客運送契約は商法の対象ではあっても消費者契約という側面も有しており、消費者契約法8条、10条や民法90条に基づいて、裁判で個別事案に沿って不当な約款が制限されてきたこと、が挙げられます。
         これに対し乙案は、海上運送の商法786条の規律を、陸上・航空運送に及ぼそうという考え方です。
         乙案によれば、旅客の生命、身体に対する運送人の責任を一定額に限定するような条項は、当然に無効になり、人命尊重の点からは優れているといえます。この点、甲案では、消費者契約法等に照らして個別にその特約の有効性が判断され、事前に有効、無効の予測が立ちにくいといえます。また、消費者契約法は、契約当事者が事業者である個人の場合や契約は事業者だが旅客は従業員等の個人の場合は適用できません。
         乙案に対しては、飲食業(食中毒のリスク)等、消費者の生命、身体を侵害するおそれのある事業は他にもあり、旅客運送だけこのような規定を設けるのは疑問とする意見や、運送の遅延によって生命、身体の侵害が生じた場合にまで運送人の免責が認められないのは酷との意見、更に、商法590条1項の「旅客が運送のために受けた損害」の範囲が曖昧で、片面的強行規定の適用範囲が不明確、等の意見がありました。
         また、大規模な地震や火山の噴火のような緊急時の際の規定のあり方も、検討されました。このような場合に、記者等を輸送するのに、運送人の損害賠償責任を免除する誓約書を交わすこともあるようです。しかし、この特約が無効なら、運送事業の監督法令上は運送の引受義務までは法定されていない以上、万一の場合の責任追及をおそれて、運送の引受け手が現れない可能性があります。
         また、妊婦や重病人の輸送では、通常の振動でも生命、身体に危険が及ぶおそれがあり、「旅客船事業者に一切の責任を問わない。」等の誓約書の提出が求められることがあります。その条項も無効になってしまうのでは、やはり運送人の確保に支障をきたし、却ってその者の生命、身体の保護に欠けることになります。
         以上から、審議の結果、乙案が採用され、要綱では、以下のとおりとされました。

        「旅客に関する運送人の責任について、次のような規律を設けるものとする。

        1.  運送人の損害賠償の責任(旅客の生命又は身体の侵害によるものであって、運送の遅延を原因としないものに限る。)を免除し、又は軽減する特約は、無効とする。
        2.  アの規定は次に掲げる場合には、適用しない。
          • (ア) 大規模な火災、震災その他の災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において運送を行うとき。
          • (イ) 運送に伴い通常生ずる振動その他の事情により生命又は身体に重大な危険が及ぶおそれがある者の運送を行うとき。」

         なお、上記の二つの例外に該当する場合でも、運送人と旅客との特約の有効性については、別途、事案に応じて消費者契約法等で判断されることになります。

      •  上記の旅客に関する運送人の責任について、片面的強行規定を設ける案により、旅客の生命、身体の安全は確保されるため、海上運送に特有であった免責特約を無効とする規律(商法786条1項、739条)は削除される見込みです。
         また、同じ趣旨で、この商法590条1項の規律とは別に、堪航能力担保義務の規律(同法738条)を残す意義も乏しいため、同法786条で準用する738条の規定も削除される見込みです。
    2.  商法590条2項について

       商法590条2項は、旅客の損害賠償額を定めるに当たっては、裁判所は被害者及びその家族の状況を斟酌しなければならない、としています。
       これは、損害賠償の範囲に関する民法416条2項の例外を認めたもので、当事者の特別事情の予見可能性を問わずに、被害者の家族の状況を斟酌(地位・富が高ければ損失も大、地位・富が低ければ負担も大)できることを定めているとされています。
       しかし、現在の裁判実務では被害者と家族の状況も斟酌されており、同項を削除しても損害賠償額の算定実務に支障はないこと等から、商法590条2項は削除される見込みです。

  4.  旅客の携帯手荷物に関する運送人の責任
    1.  商法592条(同法786条1項で海上運送にも準用)は、運送人は旅客から引渡しを受けない携帯手荷物の滅失又は損傷については、故意又は過失がある場合を除き、損害賠償の責任を負わない、としています。
       受託手荷物とは異なり、運送人に引き渡されない手荷物は、旅客自身が管理しており、運送人に過失がなければ責任を負わないのは当然です。過失の立証責任も旅客にあります。
       ここで、旅客が身につけている衣服や身回り物も、旅客が管理している点では同様です。
       そのため、要綱では、「⑴ 運送人は、旅客から引渡しを受けない手荷物(旅客の身回り品を含む)の滅失又は損傷については、故意又は過失がある場合を除き、損害賠償の責任を負わない。」と、一部改定されました。
    2.  携帯手荷物については、受託手荷物についての運送人の責任規定(商法591条1項)のような規律はありませんが、その責任が受託手荷物についての責任より重くなるのはバランスを欠きます。
       それで、要綱では、「⑵ 商法580条(損害賠償の定額化)並びに(運送人の損害賠償責任の消滅)、及び(不法行為責任との関係。ただし、高価品に関する部分を除く。)の規定は、⑴の運送人の責任について準用する。」、とされました。
  5.  海上旅客運送の規定について

     旅客運送について、陸上、海上及び航空について総則的規律が設定されることに伴い、現行の海上運送についての商法777条から787条の規律の存置が問題になります。
     具体的には、記名乗船切符(777条)、食料無償提供義務(778条、783条)、手荷物の無賃運送義務(779条)、乗船時期までに乗り込まない場合の処理(780条)、旅客運送契約の解除、法定終了(781条、782条、784条)、旅客死亡の場合の手荷物の処分(785条)、旅客運送のための傭船契約(787条)等です。
     これらの規律は、総じて現代の取引の実態に合っておらず、実際には行政的規制のある運送約款(国土交通省の告示による標準運送約款)で対応されるのが一般です。また、任意規定ではあっても、存置すればこれと異なる特約が消費者契約法10条で無効とされるおそれもあります。
     そのため、これらの規定は全て削除される見込みです。

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