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海事Q&A 英国法上のリーエンとは(Ⅰ)

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海事Q&A Q&A

海事に関するよくある質問

英国法上のリーエンとは(Ⅰ)
  1.  総説

     日本法でも、船舶先取特権は、船舶に対する法定担保物権ですが、公示されないのに抵当権にも優先する強力な権利です。それは、主として海運企業に関係する債権者に特権を与えて、海運企業が信用を得やすいようにするための制度です。しかし、その分船舶の担保価値が減少し、海事金融の円滑さに支障が出ることになるため、世界的にも制限する方向にあります。
     船荷証券や傭船契約では、準拠法が英国法とされることが多く、紛争解決条項としても、ロンドンの仲裁条項や英国裁判所の専属的合意管轄の規定がおかれることが多いです。それで、英国法のリーエンにはどのようなものがあり、その効力や実行手続きはいかなるものかが問題になります。
     英国法上のリーエンには、Maritime Lien (船舶先取特権)、Statutory Lien(制定法上のリーエン)、Possessory Lien (留置権)、Equitable Lien(衡平法上のリーエン)があります。
     ここでは参考資料として、主として、ALECA MANDARAKA-SHEPPARD著の「 MODEREN MARITIME LAW AND RISK MANAGEMENT」(2009年)及び、DR MICHAEL TSIMPLIS 著の「 Procedures for Enforcement」(SOUTHAMPTON ON SHIPPING LAW(2008年)所収)により、みてみます。

  2.  Maritime Lien
    1.  性質

       高等法院(High Court)の海事管轄(Admiralty jurisdiction)で審理される海事債権は、1981年高等裁判所法(Senior Courts Act1981、 SCA) 20条2項で列挙されています。そのいくつかはMaritime Lien ですが、Maritime Lien は判例法によるもので、単なる法定の権利ではありません。
       Maritime Lien があれば、船舶、積荷、又は未収運賃に対して対物訴訟を提起できます(SCA21条3項)。法の発動により生じる担保物権で、要件として、物の占有や当事者間の合意は不要です。また、請求原因が生じる出来事が発生した瞬間に生じ、目的物の所有権移転に伴って随伴します。Maritime Lien は、公示されず、どこにも登録されません。目的物が善意の買主の手に渡っても生き延び、対物請求(in rem claim)として執行可能です。この概念が最初に定義されたのは、The Bold Buccleugh号事件判決です([1851]7MooPC267,P284)。
       Maritime Lien は、他のStatutory right in rem(対物訴権)であるStatutory Lienに優先します。後者は、目的物について具体化する(crystallise) ためには、対物請求の訴状の発行が必要ですが、前者は、目的物に付着するための法的手続きは不要です(ただ、執行のためには法的手続き必要です。)。また、Maritime Lienは、特定の船に付着し、Statutory Lienと異なって、sister ship (姉妹船)には執行できません。
       Maritime Lien は、物に対する担保権で、所有者や買主に対し執行できることは抵当権(Morgages)と同じですが、以下の点で異なります。まず、抵当権は、Maritime Lien と異なり、法定の書式で合意によって創設されます。次に、抵当権は登記が必要で、その日付が後の抵当権との優劣を決しますが、Maritime Lien は登記が不要です。第三に、抵当権は、Statutory Lienに優先しますが、Maritime Lien は、抵当権を含めた全ての海事債権に優先します。
       ところで、外国で且つその外国の法律ではMaritime Lien でサポートされる請求権が生じた場合(例えば船の修繕費用)に、アレストがそのサポートのない法廷地でなされた場合、依然、その請求権がMaritime Lien でサポートされるのかが問題になります。この点につき、枢密院(Privy Council) は、Maritime Lien は手続法的な性格であり、法廷地法によって決まるとしました(The Halcyon Isle[1980]2Lloyd'sRep325) 。換言すれば、外国のMaritime Lien は、英国法の下でも同じ性格のものを有しない限り、英国では認められないことになります。

    2.  種類

       Maritime Lien は、海上企業活動に伴う本質的要素から発生する以下の債権をカバーします。

      1.  海難救助に関する請求権(Salvage)
         船舶が救助されることが債権者全員の利益になることから、優先権が認められます。もし、これが抵当権に優先されないならば、救助する者が、手負いの船舶の救助に向かうことに躊躇することになってしまいます。
      2.  船舶によって生じた損害(Damage done by a ship)
         船舶の衝突等によって生じた損害の賠償請求権を担保します。仮に、衝突事故後、過失のある船主に融資した銀行には支払われても、人が亡くなったり傷ついた場合の債権者が未払いなら、大きな抗議が発生することは容易に想像できます。このリーエンの成立には、船主の人的な責任(過失)が必要です。
      3.  船員と船長の賃金(seaman's and master's wages)
         抵当権は、通常最も大きな金額の債権が担保されています。それが賃金に優先して未払いの賃金が回収できないと知ったら、船員は船舶に乗ることに気乗りがする訳がありません。このリーエンの成立には、船主の人的な責任(過失)は不要であり、雇用契約には必ずしも係わらずに発生します。なお、このリーエンは、船員保護のため、合意で事前に放棄できないとされています(1995年英国商船法(MSA) 39条1項)。
      4.  船長の立替金(master's disbursement)
      5.  冒険貸借(bottomry bond)
         冒険貸借は、金銭を借りた船主が無事に航海から帰港すれば高額の利息を付けて返済する義務を負うが、事故で船舶、積荷が滅失すれば返還義務を免れるという射幸的な消費貸借契約ですが、このような契約は現在は使用されていません。1999年アレスト条約( 2011年9月14日発効)では、冒険貸借は海事債権のリストから削除されています。
    3.  優先順位
       Maritime Lien の間での優先順位は、裁判所の裁量によります。ただ、判例では、救助料債権が一般的に優先されています。それは、船舶をアレストによって担保にできるのも、その前の救助作業があればこそと考えられるためです。また、救助作業が複数あれば、最も後のものが優先されます。

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