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海事Q&A 英国法の船主のリーエンは

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海事Q&A Q&A

海事に関するよくある質問

英国法の船主のリーエンは
  1.  はじめに

     日本法でも、船主は未払運賃の支払いを確保するため、積荷の留置権(民法295条、商法753条2項)が認められます。
     それに対し、英国法では、それに相当するいかなる権利が認められるのかが問題になります。前回の「英国法のリーエンとは」では、船舶に対するリーエンを中心に、各種リーエンを概観しましたが、ここでは、船主に認められるリーエンという観点からみてみます。
     参考資料として、主として、John F Wilson 著の「 Carriage of Goods by Sea」 (2010年) 及び、Yvonne Baatz著の「 Charterparties」(SOUTHAMPTON ON SHIPPING LAW(2008年)所収)によります。

  2.  積荷に対するリーエン

     ここでのリーエンは、船主に与えられた運賃等の支払の担保のための、荷揚港での積荷の占有を保持する権利です。このような権利はコモンロー上発生しますが、運送契約での明示の条項で創設することもできます。

    1.  コモンロー上のリーエン
      1.  船主のコモンロー上のリーエンは、契約とは別に発生しますが、以下の3つの場合にだけ認められます。
        •  傭船契約又は船荷証券に基づく運送契約の下で発生する積荷の運送に関する未払運賃(freight due)
           コモンロー上では、不積運賃、滞船料、抑留による損害賠償金のような他の費用(charges) はカバーしません。
        •  共同海損での積荷の負担金(general average contribution due from cargo)
           実際には、船主は通常、荷受人に対し、average bond(共同海損盟約書)又はその他の担保の提出と引換えに、積荷を引き渡します。
        •  積荷を保全するために船主が負担した費用(expenses incurred by the shipowner in protecting the cargo)
           船長は、航海中、積荷についての船主の利益を守るため、必要なあらゆる手段を取る権限があります。
      2.  要件
         このリーエン実行のためには、一定の要件が必要です。
         第1に、この権利は船主の積荷の占有の保持に依存するため、積荷が荷受人又はその代理人に引き渡されれば直ちに権利は喪失します。そのため、裸傭船での船主は、船舶を占有していないため、傭船料につきこのコモンロー上のリーエンは有しません(契約上のリーエンは、創設できると解されます。)。
         第2に、このリーエンの実行には、運賃の支払と積荷の引渡が同時履行であることが必要です。積荷の引渡の日より運賃の支払の日の方が遅ければ、リーエンの権利はありません。
         さらに、傭船された船舶が、一般貨物船(general ship)として使用される場合、コモンロー上のリーエンは、船荷証券に基づいて積み込まれた第三者の積荷には及びません。そのような権利は、船荷証券上に明示の条項として記載される必要があります。
         他方、運送契約で運賃が前払いとされている場合には、問題が生じます。少なくとも、積荷が前払運賃の支払責任者以外の荷受人に引渡可能な場合のような運賃については、リーエンは行使できないとされています。
         また、コモンロー上のリーエンは、積荷の保持に費用が掛かったとしても、競売権はありません。この点、日本法(商法757 条)とは異なります。ただ、傭船料のためのリーエンの場合は、船主は、留置の結果生じる遅延につき、滞船料の請求によりその損害をリカバーすることが可能です。
    2.  明示の契約上のリーエン
      1.  運送契約の当事者は、傭船契約であれ、船荷証券に基づくものであれ、コモンローによる黙示的なリーエンに頼らず、適切なリーエンのための明示の条項を規定するのが常です。それにより、積荷運賃だけでなく、他の費用も回収できるようになります。Gencon(1994)の8条が、その典型です。 "The owners shall have a lien on the cargo and on all sub-freights payable in respect of the cargo,for freght,deadfreght,demurrage,claims for dameges and for all other amounts due under this Carter Party including costs of recovering same."
      2.  契約上のリーエンの性格
         権利の行使に積荷の占有が必要なのは、コモンロー上のリーエンと同じです。
         しかし、契約上のリーエンなので、運送契約の当事者に対してのみ実行可能です。それで、定期傭船の未払傭船料の担保のためのリーエンは、船荷証券による第三者の積荷に対しては実行できません。その第三者が、貨物の積込時に傭船契約の存在の告知を受けたとしてもです。
         そのようなリーエンも、その傭船契約上の条項が、適切な用語で、第三者の荷主に対して発行された船荷証券に摂取されていれば、実行可能と解されます。
         ところで、傭船契約の条項が、NYPE93の23条のように、全ての貨物の上に(upon all cargoes)リーエンを有するとされている場合、行使の対象が傭船者の貨物とは限定されていません。そのため、傭船契約のリーエン条項が船荷証券に摂取されていない場合に、この条項で傭船者以外の積荷にリーエンを行使できるのかが問題になります。
         この点につき、The Agios Giorgis 事件(「1976」2 Lloyd's Rep192)では、積荷の所有者が契約の当事者ではなく、リーエンの行使はできないとされました。
         他方、The Aegnoussiotis 事件(「1977」1Lloyd's Rep268) では、この条項は完全に無効とはいえないとされました。すなわち、定期傭船者は、全ての貨物にリーエンを有することを合意している以上、船荷証券への摂取等により船主のためにリーエンを確保する義務があり、それを怠った定期傭船者は、船主が第三者の貨物に対しリーエンを主張してきたときに、自らの契約違反を利用することは許されない、としました。このようなリーエンの行使は定期傭船者に対しては有効ということになります。なお、第三者は船主に訴訟を提起できます。
         この点、いずれにしても船荷証券への傭船契約のリーエン条項の摂取を確実にしておけば起きない問題です。
  3.  再運送賃に対するリーエン
    1.  多くの定期傭船契約では、傭船料のためのリーエンの対象が、積荷だけではなく、傭船者に属する再運送賃に拡張されています。この再運送賃には、傭船者が発行した船荷証券での再運送賃だけでなく、再(航海)傭船契約での運賃も含まれています。ただ、再定期傭船契約での傭船料は含まれていません( The Cebu(No2) 事件「1990」2Lloyd's Rep316)。
       このリーエンは、船主の占有とは関係がなく、船主に対し、契約に基づき、傭船者に支払われる前の再運送賃の支払をインターセプトする権利です。一旦傭船者の手に再運送賃が渡れば、リーエンは消滅します。というのは、”傭船者は、運賃として支払われるべき現金を受領するだけなので、このリーエンは、そのポケットの中にまでついていく権利を与えるものではない”(Alverstone 判事、 [1903]1KB391p395) ためです。
    2.  このリーエンの行使方法は、通常、船荷証券保持者又は再傭船者に対し、未払運賃を、直接、船主に支払うよう通知することで行います。
       このリーエンの実行に際しては、第三者との運送契約の相手が、船主の場合と傭場合があります。
      1.  傭船者によって発行された船荷証券が、船長によって船主の代理人として署名された場合、運送契約は荷主と船主との間の契約になります。その場合、運賃の権利は傭船者ではなく船主にあり、船主はいつでもその代理人が受領する前に介入できます。
         また、傭船者が運賃を回収する代理人を指名した場合、その代理人は法律上両当事者の代理人とみなされ、船主は未払運賃を船主のために回収するよう、又は、既に受領した運賃を船主に引き渡すよう、要求できます。但し、この場合は、リーエンを実行できるのは、傭船者の手に再運送賃が渡る前に未払いとして生じていた傭船料についてだけです。

      2.  他方、傭船者によって船荷証券が発行・署名された場合、又は船長が傭船者の代理人として署名した場合、傭船契約は荷主と傭船者との間でなされたことになり、運賃の権利は傭船者にあります。この場合、船主は、傭船者又はその代理人への支払の前にリーエンを行使する必要があります。一度再運送賃が傭船者の手に渡れば、リーエンは消滅するからです。The Nanfri事件(「1979」1Lloyd's Rep201) では、このリーエンは、荷送人から傭船者に対して支払われるべきものに対する衡平法上の担保として作用する、とされています。
    3.  運賃前払いの船荷証券は、再運送賃に対するリーエンが消滅してしまうため、問題があります。しかし、傭船契約が、傭船者にそのような船荷証券の提出を認めていれば、船長は署名せざるをえません。その場合の船主の唯一の権利保護方法は、船荷証券が、未払の傭船料につき積荷に対するリーエンを明確に認めている傭船契約のリーエン条項を摂取することです。
    4.  なお、日本法では、再運送賃に対するリーエンに相当する権利はありません。裁判所で債権の仮差押えないし差押えをする他ありません。

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