FJK法律事務所

海事Q&A 船主責任制限法の手続き

FJK法律事務所 トップ » 海事Q&A » 船主責任制限法の手続き

海事Q&A Q&A

海事に関するよくある質問

船主責任制限法の手続き
  1.  本稿では、主に船主責任制限法の手続き部分について、典型例として、外国船主が所有し且つ運航する船舶が、日本で過失により橋梁や養殖設備等に衝突して損害を与え、日本で船主責任制限の申立てをした場合を想定して、みてみたいと思います。

  2.  申立ての判断

     先ず、事故により被害の大きな損害を発生させた場合、船主側は付保しているP&I保険等を通じて事故の調査をしますが、被害者側からも賠償請求がされます。責任限度額は、本船のトン数(容積トン数)に応じてすぐに計算できますが、損害額は、被害者側から具体的に立証を伴った賠償請求が来ないと船主には分かりません。
     船主責任制限の申立てでは、制限債権の額が責任限度額を超えることを疎明(一応の証明)しないと棄却されますから、制限債権の請求が、責任限度額を超えると判断できて初めて、賠償交渉や、民事裁判の提起を待つのではなく、船主側から船主責任制限の申立てをすることになります。

  3.  管轄

     申立てをする場合、先ず管轄が問題になります。
     船籍が日本であれば、船籍の所在地を管轄する地方裁判所の専属管轄になりますが、船主が外国企業で、損害発生国の日本で責任制限の申立てをする場合は、事故発生地又は事後後に本船が最初に到達した地等を管轄する地方裁判所の専属管轄になります(船主責任制限法9条)。
     他方、船主の属する国が責任制限条約の締約国であれば、船主責任制限手続きに関する法がその国にも存在し、そこにも管轄の規定が当然あります。
     例えば、締約国のフランスでは、フランス運送法R5121-1条に、制限基金の形成に関する管轄裁判所の規定があります。そこでは、(a)船籍がフランス籍船なら船籍港、(b)外国籍船なら、事故が発生したフランスの港、事故後最初に到達したフランスの港、これらの港がないときは、最初に差し押さえを受けた地又は最初の担保が提供された地、を管轄する商事裁判所の専属管轄とされています。
     また、締約国のドイツでは、海事配当手続法2条で、(1)ドイツ船籍の場合は船籍登録簿を管理する区裁判所、(2)ドイツ船籍でない場合は、申立人(船主)の営業所がある地区の区裁判所、営業所がない場合は普段の滞在地の区裁判所、その双方がないときは、制限債権者が船主を被告として提訴している裁判所又は制限債権に基づいて強制執行がされている地区の区裁判所、の専属管轄とされています。
     尚ここで、外国の裁判所の専属管轄となっていても、あくまでその国で起こす場合の管轄であって、締約国の日本で申し立てることは、責任制限条約11条により当然可能です。その場合の手続法は、同条約14条により日本の船主責任制限法になります。

  4.  日本での申立て

     外国船主が、日本の裁判所で責任制限の申立てをすると、裁判所は、制限債権の額が責任限度額を超えるか否か審査し、申立てを相当と認めれば、責任限度額プラス事故から供託日までの事故日における法定利率により算定した利息の供託を命じます。その支払がされなければ、申立ては棄却されます。尚、支払った金員は、責任限度額を限度として付保しているP&I保険で填補されます(船主が責任制限の申立てをしなくても、責任が制限される場合の保険填補は責任限度額までです。)。
     供託がされ、開始決定がされると、管理人が選任されると共に、制限債権の届出期間(決定の日から1か月以上4か月以下)、制限債権の調査期日(届出期間の末日から1週間以上2か月以下)が定められます。制限手続きが開始した旨と主要事項は、官報で公告されます。管理人は中立的な立場で、債権調査等を行う機関で、通常は弁護士が選任されます。
     この開始決定に即時抗告がされても、執行停止の効力はありませんので、開始決定で定められた届出期間や調査期日が当然に変更されることはありません。ただ、裁判所は、必要なら職権でそれらを変更はできます。しかし、その変更は上記の制限内で行う必要があり、例えば届出期間が決定の日から4か月後と最初から定められていれば、これ以上の伸長はできません。
     開始決定により、制限債権者は、供託された金員(基金)のみから支払を受けることができ、基金以外の船主の財産又は受益債務者(船長等の制限債権の債務者で、責任制限の申立てをした者(ここでは船主)以外の者)の財産に対して権利行使はできなくなります。

  5.  即時抗告

     開始決定に対しては、官報公告から1か月以内に即時抗告ができます。それが認められれば、開始決定が取り消されます。
     その事由として考えられるのは、責任制限阻却事由が認められる場合です。船主責任制限法3条3項では、船主は、制限債権が、自己の故意により、又は損害の発生のおそれがあることを認識しながらした自己の無謀な行為によって生じた損害に関するものであるときは、責任を制限できない、とされています。
     「損害の発生のおそれがあることを認識しながらした自己の無謀な行為」(認識ある無謀な行為)という概念は、元々英米法上の用語で、日本法にはありませんでした。この行為は、単に無謀な行為をするだけでなく、損害発生の蓋然性を認識した上での無謀行為である必要があります。言い換えますと、損害発生の可能性が50%以上あることを認識したうえで、不注意の程度の甚だしい行為をする、ということです。
     また、ここで、船主の自己の認識ある無謀行為という場合の「自己」とは誰か、ということも問題になります。誰の無謀行為が、船主という法人自身のそれと評価できるのかということです。これについては、法人の代表機関や業務執行機関の行為は当然当たりますが、これらの者から業務の全般的な管理や船舶の運航・管理といった特定の業務を委譲されている者の行為まで含めて考えるというのが有力です。
     しかし、船長や船員に無謀な行為があっても、船長等の行為が会社という法人自身の行為と法律上みなされることは、まずありません。ですので、単に船長等が損害発生の蓋然性を認識した上で無謀な行為をしただけでは、船主(会社)についての責任制限阻却事由には当たりません。船主(会社)自身に、損害の発生のおそれを認識しながらした無謀な行為が必要です。
     また、そのような会社の無謀な航海計画や命令があったのが事実としても、それを立証する責任があるのは制限債権者の方と一般に解されており、その立証を会社外の者がすることは困難な面があります。
     ですので、この制限を突破することは、容易とはいえません。
     尚、船主責任制限制度自体が、財産権を保障した憲法に違反するとして即時抗告された事件において、最高裁は、この制度は古くから各国で採用され、条約の規定に基づくものであって、国際的性格の強い海運業について、我が国だけがこの制度を採用しないことは困難である等として、合憲と判断しています(昭和55年11月5日)。

  6.  開始決定後の流れ

     開始決定後、制限債権者は裁判所に各自債権届出をし、管理人はそれについて債権調査をします。問題があれば(債権の有無、金額等)、調査期日において異議を出します。異議は、他の届出債権者も出せますが、中立の立場の管理人が適正な異議権を行使することで、全債権者の公平な配分が図られるといえます。
     同様の損害を被った制限債権者間で、届出金額に違いがある場合、管理人が適正に異議を出さないと、不公平な配当になってしまいます。そうならないように制限債権者間のバランスを確保する必要があります。ですので、管理人としては、運用として、債権調査に当たっては統一的な基準を作成し、それに沿って届出債権を調査した上、異議権を行使すべきでしょう。
     調査期日に異議のなかった債権は、そのまま確定します。他方、異議のあった債権については、査定の裁判が行われ、制限債権か否か、その内容(金額、原因等)等が判断されます(口頭弁論は開く必要がなく、判決ではなく決定でされます。)。
     更に、その査定の裁判に対して不服がある者は、決定の送達を受けてから1か月以内に異議の訴えを起こせます。これは査定の決定に対する唯一の不服申立方法で、その判決に対しては、控訴、上告もできます。
     調査期日が終了すると、管理人は配当表を作り、裁判所の認可を得て、配当手続きに入ります。調査期日に制限債権に対して異議がなかったときは、そのまま進みます。ここで、制限債権者に対する配当は、制限債権の額の割合に応じてなされます。
     異議があった場合は、配当の時期の特則があります。異議のあった債権については確定されずに査定の裁判がされるので、異議のあった全ての債権につき、査定の裁判に対する異議の訴えの出訴期間を経過した後でなければ、配当を行うことができません。この場合に配当を行うと、多くの異議のある債権の配当が保留になり、後の追加配当額が増えて、手続きの円滑な進行が妨げられるためです。
     他方、査定の裁判に対して異議の訴えが起こされた場合は、その債権が制限債権か否かや金額が長期に亙って決まらないことになります。そのため、その債権については配当が保留され、その後内容が確定すれば配当されます。全体の配当手続きは、異議の訴えの出訴期間を経過すれば可能ですので、この特定の制限債権に対する異議の訴えの結果を待つことはありません。
     配当表については、認可後に官報公告がなされ、配当表に対する2週間の異議期間の経過後に配当されます。配当表に異議があれば決定で裁判がされ、それに対して即時抗告も可能で、異議の裁判が確定した後に配当になります。
     以上、債権調査で異議があれば、査定の裁判で制限債権全体が確定することが期待されており、査定に対する異議の訴えの出訴期間を経過するまでは、全体の配当を待つシステムになっています。異議の訴えがあれば、その債権については配当を留保して全体の配当を行うので、配当が延々遅れることは想定されていません。

  7.  他の訴訟との関係
    1.  先ず、外国船主に対して、被害者が日本で民事訴訟を起こせるかですが、不法行為に関する訴えは、不法行為があった地が国内にあれば起こせますので、事故が日本で起きていれば日本で起こせます。
       その場合の準拠法は、不法行為については加害行為の結果発生地の法が適用されるので、日本法になります。

    2.  先に被害者が船主に対し民事訴訟を起こした場合、被告の船主は、責任制限の申立てをせずに、通常訴訟の中の単なる抗弁で責任制限の効果を主張することはできません。別途、船主責任制限の申立てをし、開始決定を受ければ、船主の債権は制限債権であり、基金以外の船主の一般財産に対する権利行使は許されない旨の抗弁を、通常訴訟(手続外訴訟)の方で提出できます。その場合、制限債権か否かが主な争点になります。
       ですので、被害者とすれば、自己の債権は非制限債権であるとして全額の請求をしている手続外訴訟において、船主から開始決定を伴う上記の抗弁が出された場合、予備的に届出期間内に責任制限手続での債権届出が必要です。手続外訴訟で制限債権と判断されれば、基金以外の船主の財産から回収は困難である以上、額に限度があるものの、責任制限手続からの回収の途を確保しておく必要があるからです。
       逆に、手続外訴訟の進行中、船主が船主責任制限の開始決定を受けたのに、手続外訴訟の方で上記抗弁を出さなければ、被害者は無条件の給付判決を得ることができ、これが確定すれば、船主は既判力により責任制限の効果を主張できなくなると解されます。
       他方、先に船主責任制限の開始決定がされていれば、被害者は債権届出が必要ですが、自己の債権が非制限債権であると考える場合は、責任制限開始決定に対して即時抗告で争い、予備的に債権届出をすると共に、手続外訴訟であくまで制限債権ではないとして、全額の請求(無限責任の追及)をすることになります。

    3.  責任制限手続への参加と手続外訴訟の追行の競合は、認められています。
       ただ、債権の手続内での確定の効力と手続外での確定の効力は、原則として切断されています。それで、その結果が矛盾しないように、以下の通り手続面で配慮されています。
       まず、手続外訴訟が係属中に制限債権の届出がされた場合、原告の申立てがあれば手続外訴訟は中止されます。次に、査定の裁判に対する異議の訴えが係属する場合、手続外訴訟を責任制限裁判所に提起できる他、責任制限裁判所は、申立てにより、他の裁判所に係属する手続外訴訟を移送させて引き取ることができます。更に責任制限裁判所に査定に対する異議の訴えと手続外訴訟が係属するときは、弁論及び裁判は併合されます。
       他方、以下の両手続の関係に配慮した規定があります。
       まず、責任制限手続に参加した者が、配当額につき基金から支払を受けることができるようになった場合、船主は、責任制限手続外では、その債権について責任を免れます。二重取りの危険を船主に与えないためです。ただ、そうなると、被害者は手続外訴訟で無限責任を追及できなくなってしまいます。それを避けるため、被害者は、配当表に対する異議申立期間内に、管理人に対して届出債権について手続外訴訟の係属を証明して配当保留の申出ができ、それによって失権を阻止できます。
       逆に、届出債権について、手続外訴訟で制限債権でないことに確定したときは、その債権は責任制限手続から除斥されます。被害者は無限責任を追及できる以上、基金からの配当を受けるべきではないからです。これは、債権の手続内の確定と手続外の確定とは相互に影響を及ぼさないとする原則の、唯一の例外です。

TOP