海事Q&A Q&A
海事に関するよくある質問
- 船舶油濁損害賠償保障法の改正(2019年)
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- 1 背景
船舶油濁損害賠償保障法(以下「旧法」)は、1969年油濁民事責任条約(1992年改正議定書を含む)に基づくタンカー油濁損害と、一般船舶の燃料油の流失による油濁損害及び難破物除去費用に係る損害について規制していました。
後者は、バンカー条約(2001年燃料油による汚染損害についての民事責任に関する条約)及びナイロビ条約(2007年難破物の除去に関するナイロビ国際条約)の発効に先立って、実質的にその内容の一部を実施するものでした。
しかし、油濁被害において保険金が支払われなかったり、難破物除去費用の回収ができない状態が発生し、確実な賠償が望まれていました。
具体例として、青森県深浦沖における座礁及び燃料油汚染事故があります。これは2013年3月のカンボジア籍一般貨物船アンファン8号の事故で、保険会社が船舶所有者の保険契約違反(損害拡大防止義務違反)により免責を主張して保険金が支払われず、船舶所有者も座礁船を放置したため、青森県の負担で油膜の防除措置と座礁船撤去の実施を余儀なくされました。
また、兵庫県淡路島における座礁事故があります。これは、2016年5月のタイ籍クレーン台船ネプチューン号の事故で、同様に保険会社が船舶所有者の保険契約違反(保険会社指摘の修理未実施)により免責を主張し、船舶所有者も座礁船を放置、兵庫県の負担で撤去を実施しました。
そのため、被害者の保護を確実にすべく、2019年に上記両条約の批准が承認され、そのための法改正がなされて、名称も船舶油濁等損害賠償保障法(以下「新法」)と変更されました。2020年10月1日から施行されています。
新法での船舶油濁等損害は、タンカー油濁損害(タンカーから流出した原油等による汚染により生ずる損害)、一般船舶等油濁損害(タンカーも含む燃料油等による汚染により生ずる損害)及び難破物除去損害よりなります(2条13号)。また、難破物除去損害賠償責任に関する規定が、新設されました(第8章)。 - 2 改正点
- ⑴ 保険会社への直接請求権等
旧法では、タンカー油濁損害(タンカーから流出した油(燃料油を含む)による汚染により生ずる損害)について、タンカー所有者に損害賠償責任が発生した場合、被害者は、保険者に対し、タンカー所有者の悪意によって損害が生じた場合を除き、損害賠償額の支払を直接請求できるとされていました(15条1項、2条6号)。ここでの悪意は、元の条約のwilful misconduct の文言から、汚染や海難の発生を意図した行為の意味と解されます。
そして、保険者は、タンカー所有者が被害者に対して主張できる抗弁のみをもって被害者に対抗できるとされています(同条2項)。これにより、保険者は、タンカー所有者の保険契約違反(保険契約上の免責事由の存在、保険料不払い等)を理由として被害者からの請求を拒否できません。
他方、保険者は、同法により責任制限ができます(同条3項)。
新法では、一般船舶等油濁損害及び難破物除去損害についても、前者が総トン数1000トン超、後者が総トン数300トン以上の内外航船(合わせて「第一種特定船舶」という。)による損害につき、船舶所有者等(船舶賃借人を含む)に賠償責任が発生した場合、被害者は保険者に対し直接請求できることになりました(43条1項、51条1項)。
また、保険者は、上記両損害に関しても、第一種特定船舶の船舶所有者等が被害者に対し主張できる抗弁のみをもって被害者に対抗できるとされ(同条2項)、船舶所有者等の保険契約違反を抗弁として被害者に対抗できないことになりました。
合わせて、保険者は、両損害についても同法により責任制限ができると規定されました(同条3項)。 - ⑵ 外国判決の効力
旧法では、タンカー油濁損害につき、民事責任条約により管轄権を有する外国裁判所が賠償請求の訴えについてした確定判決は、当該判決が詐欺によって取得された場合等を除き、日本でも効力を有するとされています(12条)。
新法では、一般船舶等油濁損害に関する賠償請求の訴えについてした外国裁判所の確定判決についても、同様に効力を有するとされました(39条2項、12条)。 - ⑶ 保険契約締結義務の対象船舶の拡大
旧法では、燃料油による油濁損害及び難破物除去損害につき、国際総トン数100トン以上の外航の一般船舶に、責任保険契約の締結が義務付けられています(39条の4、39条の5)。
新法では、一般船舶等油濁損害につき総トン数1000トン超、難破物除去損害につき総トン数300トン以上の、内外航のタンカー及び内航の一般船舶についても、付保義務が拡大されました(41条、49条)。
尚、一般船舶等油濁損害での総トン数100トン以上1000トン以下の外航船、及び難破物除去損害での総トン数100トン以上300トン未満の外航船(合わせて「第二種特定船舶」という。)は、上記両条約では付保義務がなく、日本独自の義務付け対象船舶です。 - ⑷ 難破物除去損害についての厳格責任
旧法では、タンカー油濁損害及び一般船舶油濁損害について、一定の免責事由に該当しない限り、船舶所有者(後者の場合は船舶所有者等)が賠償責任を負う厳格責任(strict liability)が定められていました(3条、39条の2)。これは過失の有無を問わないものです。
新法では、難破物除去損害についても、タンカー又は一般船舶の船舶所有者は、同様に厳格責任(無過失責任)を負うとされました(47条1項)。 - ⑸ 権利の消滅
旧法では、タンカー油濁損害につき、損害が生じた日から3年以内に裁判上の請求がされないときは、消滅し、損害の原因となった最初の事実が生じた日から6年以内に裁判上の請求がされないときも同様とする(10条)、とされています。これは、民事責任条約8条によるものです。
新法では、バンカー条約8条に合わせ、一般船舶等油濁損害についても同様の期間制限がなされました(39条2項)。 - ⑹ 船舶所有者等の責任制限について
- ① タンカー油濁損害、一般船舶等油濁損害
旧法では、タンカー所有者の責任制限につき、同法に固有の規定がされています。これは新法でも同様です(5条以下)。責任限度額は、①5、000トン以下のタンカーは451万SDR、②5、000トンを超えるタンカーでは、①の金額に5、000トンを超える部分について1トンにつき631SDRを加えた金額(その金額が8、977万SDRを超えるときは、8、977万SDR)とされています。
他方、一般船舶所有者等の一般船舶油濁損害の責任制限については、船主責任制限法の定めるところによるとされていました(39条の3)。
新法では、一般船舶等油濁損害の賠償責任を負うタンカー又は一般船舶の船舶所有者等の責任制限について、船主責任制限法の定めるところによるとされました(40条)。この点、バンカー条約6条では、同条約の規定は、船舶所有者や保険提供者が、責任制限条約等の制度に基づき責任を制限する権利に影響を及ぼすものではないとされています。 - ② 難破物除去損害
第8章(難破物除去損害賠償責任)には、責任制限に関する条項はありません。章の表題も、第2章(タンカー油濁損害賠償責任及び責任の制限)、第6章(一般船舶等油濁損害賠償責任及び責任の制限)とは異なります。それ故、難破物除去損害について、タンカー又は一般船舶の船舶所有者等は責任制限の申立てができないことは明らかです。
この点、ナイロビ条約10条2項では、同条約は、責任制限条約等により登録船主が責任を制限する権利に影響を及ぼさないとされています。しかし、日本は1957年責任制限条約加盟の際に、同損害に係る債権を制限債権より除外する旨の留保をしています。それは、制限債権にすると却って除去義務の履行が円滑に行われなくなるおそれがあるためです。
- ① タンカー油濁損害、一般船舶等油濁損害
- ⑴ 保険会社への直接請求権等
- 1 背景